札幌高等裁判所 昭和27年(う)119号 判決 1952年6月25日
控訴人 被告人 岡村昭彦
弁護人 斎藤熊雄
検察官 金井友正関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を罰金三万円に処する。
右罰金を完納することが出来ないときは金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
理由
弁護人斎熊藤雄の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書及同補充書記載の通りである。
同控訴趣意第一点(手続の法令違反)について。
訴訟記録によれば原裁判所は本件起訴状を受理した(昭和二十六年十二月二十六日)翌日起訴状謄本及弁護人選任に関する告知書を被告人に交付しているが被告人からの弁護人選任の請求書が原裁判所に提出されてはいない。そして原審では被告人に対する弁護人の選任なくして公判手続を終結していることは所論の通りである。しかし被告人が国選弁護人の選任請求書を原裁判所に提出の手続をとつたのか否か右手続をとつたのであるがその書面が原裁判所に到達しなかつたのかどうかは本件記録並びに原審や当審の証拠調べの結果によるも明かではない。
弁護人は本件のように弁護人の選任がない場合には裁判所は第一回公判期日に於て先づ被告人に対し弁護人を選任するかどうかを確めるべきで之を為さないのは刑事訴訟規則第百七十八条に違反し被告人の弁護権を制限したものであつて刑事訴訟法第三十七条第二百七十二条憲法第三十七条に違反すると主張するが刑事訴訟規則第百七十八条第一項は刑事訴訟法第二百七十二条を受けて公訴の提起があつた場合には裁判所は遅滞なく被告人に弁護人を選任するかどうかを確めなければならない旨を規定したもので本件のような場合に裁判所に対し第一回公判期日に於て先づ被告人に弁護人を選任するかどうかを確めることを命じたものではないと解すべきである。原裁判所は前記説示の如く被告人に対し弁護人選任の告知書を送達して弁護人を選任するか否かを確めているのであるから刑事訴訟法第二百七十二条同規則第百七十八条第一項の手続を完全に履践しておるのである。なお本件は医師法第十七条第三十一条違反の罪として二年以下の懲役又は二万円以下の罰金に処せらるべきものとして起訴されたものであるから刑事訴訟法第二百八十九条第一項に該当する所謂強制弁護事件ではないから原審公判に弁護人が立会わなかつたことは違法の手続とはならない。尤も第一回公判手続の開始に当り原裁判所が更に被告人に対し弁護人を選任するかどうかを確めることは望ましいことであつたがそれをしないとしても被告人が自発的に弁護人の選任を請求することが出来るのであるし原裁判所は之を抑圧したわけではないから何等被告人の弁護権を制限したことにはならない。
次に被告人の検察官に対する弁解録取書には弁護人を選任出来ることを告知した旨不動文字で印刷されているが此点は刑事訴訟法第二百四条により検察官は被疑者に対し必ず告知すべきことを命じており之を告知すると否とを検察官の任意に委ねたものではないから右調書用紙に此点をあらかじめ印刷しておいたものと思われるし同調書の末尾には検察官は被告人に対し記載事項を読聞けたところ被告人は誤りないことを申立て署名指印したと記載してあるから右調書の不動文字の部分をも被告人に告知したものと解すべきであつて之を覆す資料は本件にはない。仮に然らずとしても右調書は原判決が証拠として採用していないから本件の訴訟手続や法令の適用には何等違法の点がない。所論は全く独自の見解であるから採用し難い。論旨は理由がない。
同控訴趣意第二点(量刑不当)について。
本件記録並びに原審で取調べた証拠に現われた諸般の情状を検討すれば原審が被告人を懲役四月に処したのは重きに過ぎると考えられるので論旨は理由があり原判決は破棄を免れない。
よつて刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により原判決を破棄し同法第四百条但書により更に判決する。
罪となるべき事実並びに証拠の標目
原判決書記載の通りであるから之を引用する。
法令の適用
被告人の原判示各所為は医師法第十七条第三十一条第一項第一号に該当するから所定刑中各罰金刑を選択し罰金等臨時措置法第四条を適用し以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十八条第二項の範囲内に於て被告人を罰金三万円に処し右罰金不完納の場合は同法第十八条により金二百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし主文の通り判決する。
(裁判長判事 黒田俊一 判事 佐藤竹三郎 判事 長友文士)
弁護人斎藤熊雄の控訴趣意
第一点原判決は刑事訴訟法第二百七十二条同法第三十六条及び刑事訴訟規則第百七十八条に違反し、引いては憲法第三十七条に違反するものと信ずる。本件記録を閲するに被告人に対し逮捕状を発して之を引致したのは昭和二十六年十二月二十六日午後五時であり検察庁に於て検察官が被告人の弁解を録取したのは同日の午後五時三十分頃であつて、其の弁解録取書によれば、「被告人に対し犯罪事実の要旨及弁護人を選任することができる旨を告げた」と活版刷の不動文字で記載せられて居るが、これは決して録取とはならない違法の弁解録取書であり、従つて検察官が被告人に対し果して弁護人を選任することができる旨を告げたかどうかと云うことが疑われるのである。而して被告人が勾留状を執行されたのは同年同月二十七日午後五時であるが同日午後三時頃被告人に対し裁判所に於て起訴状及弁護人選任に関する告知書を交付された旨の記載があるから一応原審は被告人に対し刑事訴訟法第二百七十二条の手続はなされたものであると見ることはできるけれども、昭和二十七年一月十八日の原審第一回公判調書を見ると、裁判官は被告人に対し其の氏名、年齢、住所、職業等の尋問をなし直ちに検察官の起訴状の朗読に移り、之に対する被告人の意見を求めた上証拠調に入つたもので此の間裁判所は被告人に弁護人を選任し若くは選任を請求する機会を与えなかつたことが窺われるのである。
刑事訴訟規則第百七十八条には、裁判所は公訴の提起があつた場合において被告人に弁護人がないときは遅滞なく被告人に対し法第三十六条の規定による弁護人の選任を請求するかどうかを確めなければならない。とあつて本件被告人のように弁護人がない場合には裁判所は其の第一回公判において被告人に対し先づ以て弁護人の請求をするかどうかを確めることを要するものと規定して居るのである。勿論法は被告人に弁護人を選任することができる旨の告知義務を裁判所に負わせているものではないが尠くとも被告人に対し弁護人選任の権利を行使する機会を与えるため弁護人のない被告人に対しては弁護人を自ら依頼するか若くは選任を請求するかどうかを確めなければならないのに、原審は右規則を無視し被告人に弁護人選任の機会を与えなかつたことは、徒らに被告人の弁護権を制限した違法のものであると信ずる。
尚この被告人の弁護権の制限は直ちに判決に重大なる影響を及ぼすものであることは当然であつて、憲法第三十七条第三項に刑事被告人はいかなる場合にも資格を有する弁護人を依頼することができると規定された所以も亦実に茲に存するものである。
第二点<省略>
弁護人斎藤熊雄の補充控訴趣意
本件記録に綴付されてある昭和二十六年十二月二十七日釧路地方裁判所裁判所書記官補安部善敏作成の交付送達報告によれば、
一、送達した書類 被告人に対する起訴状謄本及弁護人選任に関する告知書各一通
一、受送達者 被告人 岡村昭彦
右書類は昭和二十六年十二月二十七日午後三時五分当庁で本人に交付して送達した
となつているが、事実は釧路刑務所に送付せられたもので昭和二十六年十二月二十八、九日頃被告人は釧路刑務所において其送達を受けたものである。そこで被告人は昭和二十七年一月一日国選弁護人選任の請求書を釧路刑務所を通じて提出したものであるが該請求書は何れに紛失したものか本件記録には綴込まれて居らないから結局被告人は国選弁護人選任の請求をしなかつたようになつて居る。
次に昭和二十六年十二月二十六日付釧路検察庁検察官検事橋本友明同検察事務官宮崎日出夫作成の弁解録取書によれば、本職は昭和二十六年十二月二十六日午後五時三十分頃釧路地方検察庁において右の者に対し犯罪事実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げた上、弁護の機会を与えたところ左の通り供述した………云々と記載されて居るが「弁護人を選任することができる旨を告げた上」の部分は活版刷の不動文字で果して告げたかどうか頗る疑問であると云うことは控訴趣意書第一点で述べたところであるが、被告人には何等弁護人を選任することができる旨を検事は告げなかつたことが判明したので、本件被告人に対しては検察庁も裁判所も弁護人選任の機会を与えなかつたもので全く弁護権の制限否寧ろ妨害であつて違法であることを補充する。